東京高等裁判所 昭和34年(ラ)45号 決定
一、まず抗告人は、競売法第三二条第二項、民事訴訟法第六八七条第三項による不動産引渡命令は、競売事件における債務者に対してのみ発し得るものである。仮りに、債務者の承継人に対し引渡命令を発し得るとしても、それは競落人が競落不動産の所有権取得登記をなした以後の不動産占有者に限ると解すべきである。しかるに、本件引渡命令は、本件競売事件の債務者以外の第三者たる抗告人に対し発せられたものであり、しかも競落人たる相手方が競落した本件建物(機械等を含む。)の所有権取得登記を経由したのは昭和三四年二月一三日であるのに、抗告人はそれ以前の昭和二九年三月三日からこれを占有している。従つて、いずれの点よりするも、本件引渡命令は違法であると主張する。
本件記録によると、債権者不二越鋼材工業株式会社(その後相手方落合宙之助がこれを承継した。)は債務者東洋特殊製鋼株式会社(競売申立当時は東洋金属興業株式会社なる名称であつたが、数次の商号変更により右のように変更した。)に対して有する債権の弁済を受けるため、原裁判所に債務者所有の本件建物に対する抵当権の実行として競売の申立をなし、原裁判所は昭和二六年八月一七日これが競売手続開始決定をなし、同月二一日右決定は債務者に送達され、同月二五日競売申立の登記がなされたこと、相手方は競売期日において本件建物を競落し、昭和三二年八月二四日競落許可決定を受け、昭和三四年一月九日競落代金を支払つたこと、しかるところ本件競売手続進行中、債務者は本件建物から任意退去し、抗告人において債務者からこれを賃借使用していることが判明したので、原裁判所は相手方の申立により昭和三四年二月二一日本件建物に対する債務者の承継人たる抗告人の占有を解いて相手方に引き渡すべき旨の本件引渡命令を発したことが認められる。
しかし、債務者所有の不動産に対し抵当権実行による競売申立の登記がなされて、差押の効力が発生した後に、債務者からその目的物を賃借し占有を承継取得した者は、その権限の取得をもつて競落人に対抗できない筋合であるから、かゝる者に対しては直接引渡命令を発し得るものと解するを相当とする。競落人の競落不動産の所有権取得登記の時期が占有承継人の占有取得の時期以後に属するからといつて、右は引渡命令に何らの影響を及ぼすべきものではない。けだし競売法第三二条第二項の準用する民事訴訟法第六八七条第三項には「債務者」とあるけれども、右は競落人に対し不動産の引渡しをなすべき義務者の通常の場合について立言したもので、前記のような債務者の占有承継人まで除外する趣旨に解すべきではなく、従つて債務者に対する引渡命令の発布前にその占有を承継取得した者に対しては、債務者に対する引渡命令につき承継執行文付与の方法によることなく、直接に引渡命令を発し得るものと解するを妥当とする。そうすると、抗告人において本件建物を債務者から賃借占有するに至つたと主張する昭和二九年三月三日以前の昭和二六年八月二五日に、本件建物に対する競売申立の登記がなされていることは前段認定により明らかであるから、原裁判所が抗告人に対し本件建物に対する引渡命令を発布したのは正当で、抗告人のこの点に関する主張は採用できない。
二、次に抗告人は、本件引渡命令はその前提をなす競落代金の払込が完全になされていないから違法であると主張する。
しかし、本件記録によると、抗告人は原裁判所に対し本件引渡命令につき昭和三四年二月二三日執行方法に関する異議の申立(浦和地方裁判所昭和三四年(ヲ)第二八号)をなした際、競落人落合寅之助が本件競落代金全額を支払つていないことをも理由として本件引渡命令は違法である旨既に主張しており、右理由は前記抗告理由と全く同一であるところ、原裁判所は昭和三四年三月三一日右理由についても判断した上右異議申立を却下し、右決定は同年四月二日抗告人に送達せられたので、抗告人は翌三日当裁判所に即時抗告の申立(東京高等裁判所昭和三四年(ラ)第二二八号)をなしたが、同月一一日右抗告取下により、原決定は確定したことが認められる。しかして、別個の理由に基く場合は同一の執行処分に対し再び執行方法に関する異議の申立をなし得ることはいうまでもないが、同一の執行処分に対し同一の理由に基き先に異議の申立をなし、その審理を尽くしておきながら、同じ理由により再度異議を申立て或は抗告をなすことは許されないものと解するのを相当とする。従つて、抗告人の前記主張はこの点において既に理由がない。
しかも本件記録によると、競落人たる相手方落合寅之助は昭和三二年八月二二日午前一〇時の競売期日において本件建物を最高価金一五、八一六、一〇〇円にて競落し、原裁判所から同年八月二四日競落許可決定を受け、昭和三三年八月一九日に同月二八日午前一〇時までに相殺残代金六、五七九、四〇三円を支払うべき旨の命令を受けたのであるが、これに先立ち相手方は執行吏小貫宝作において昭和三三年七月二一日本件建物を点検したところ、機械器具中滅失又は毀損したものがあることが判明したことを知つたので、原裁判所に対し同年八月二七日競落物件中不足のものがある旨の書面を提出し、ついで同年九月一五日に競落代金減額の請求をなし、債務者においても同年一〇月一〇日右代金減額を承認する旨の書面を提出したこと、そこで原裁判所はその後の右執行吏の二回にわたる競落物件点検の結果と、又同執行吏及び債務者会社代表取締役石原三郎、抗告人会社取締役大島秀一、抗告人会社工場長飯田真康を審尋した上、競落物件中滅失毀損の判明したものにつき右執行吏に評価鑑定を命じ、同人の鑑定並びに債務者の減額承認額を斟酌し、同月二五日競落代金中金四、二五九、七〇〇円を減額する旨の決定をなし、競落人は右決定に基いて昭和三四年一月九日競落代金残全額を支払つたことが認められ、原裁判所の叙上行為に何ら違法の点も見出し得ない。よつて、抗告人の前記主張は排斥を免れない。
三、更に抗告人は、本件建物及びその敷地については、第三者山田新兵衛外四名を債権者とし、抗告人及び債務者東洋特殊製鋼株式会社を債務者とする浦和地方裁判所昭和三三年(ヨ)第一三五号不動産仮処分申請事件において、同裁判所は昭和三三年八月二六日に、右抗告人らの右不動産に対する占有を解いて執行吏の保管に移す、執行吏は現状不変更を条件として抗告人にその使用を許す、抗告人らは右不動産の占有を他に移転し又は占有名儀を変更してはならない、との旨の仮処分決定をなし、右決定は翌二七日執行されており、又本件建物の敷地以外の工場の全土地については、抗告人を債権者とし相手方を債務者とする東京地方裁判所昭和三四年(ヨ)第二六九号不動産仮処分申請事件において、同裁判所は昭和三四年五月八日に、相手方は抗告人の右土地の占有を妨害してはならない、という仮処分決定及び執行をなしているから、原裁判所執行吏小貫宝作が相手方より本件引渡命令執行の委任を受けて昭和三四年四月二日なしたその一部執行は違法である旨主張する。
本件記録によると、抗告人主張通りの各仮処分決定の執行がなされ、又本件引渡命令の一部執行がなされていることが認められる。しかし、仮処分の目的物につき処分禁止の執行がなされているのに、他の債権者がこの目的物につき右仮処分に反する執行をなしてきた場合には、仮処分権利者はこれに対し執行方法による異議を主張し得べきは勿論であるが、仮処分債務者はこれに対し異議の申立をなし得ないものというべきである。蓋し、処分禁止の仮処分は特定の債権者を保護するためのもので、その仮処分に反する執行は仮処分権利者に対する関係においてはこれに対抗し得ないものというべく、従つて仮処分権利者がこれに対し執行方法に関する異議を申立て得るは権利擁護上いうまでもないところであるが、仮処分の効力は右範囲にとゞまり、仮処分債務者は仮処分により義務こそ負担すれ、何ら権利を取得するものではないのであつて、このことはたとえ右仮処分において、その目的物が執行吏の保管に移され仮処分債務者が執行吏からその占有を許されている場合でも同一であり、従つて仮処分債務者はかゝる理由をもつて執行を拒むことを得ないものというべきである。又執行の対象たる建物の敷地以外の土地につきその占有妨害禁止の仮処分がなされているからといつて、これをもつて右建物の執行を妨げる事由となし得ないことはいうまでもない。そうすると、抗告人が浦和地方裁判所の仮処分決定において単に仮処分債務者の地位にとゞまること、又東京地方裁判所の仮処分決定の目的物が本件建物の敷地以外の土地であることは、その主張自体に照らし明白である以上、抗告人の前記主張は既にこの点において理由なく、これを採用し得ない。
四、抗告人は終りに、抗告人は本件競売手続中本件建物の敷地につきその所有者たる山田新兵衛外四名と賃貸借契約を締結し賃借権を取得しているに反し、相手方は右土地の占有権限がないから、たとえ相手方が本件引渡命令により本件建物の引渡を受けても、抗告人に対し右建物を収去しその敷地を明け渡すべき義務があるから、本件引渡命令の前記一部執行は違法であると主張する。
しかし、引渡命令の執行に対する異議申立事由は、執行そのものに対する形式上、手続上のかしのみを主張し得べく、前記のごとき実体上の事由はこれを主張し得ないものと解すべきである。従つて、抗告人の右主張は既にこの点において理由なく採用できない。
(二宮 奥野 大沢)